旅の目的・きっかけ・スタイル | ママチャリで日本一周している経営者の記録

旅の目的・きっかけ・スタイル

旅の目的は?

日本一周。

走り出したきっかけは?

2007年の夏、当時の彼女さんとの失恋が引き金。

なぜママチャリ?

当時の彼女さんと向ケ丘遊園(川崎市多摩区)のダイエーで買ったママチャリ。
捨てるのがもったいないと思い、
実家の岡山で使ってもらおうとしたが、送料が高く、
送るより走って帰った方がいい!
と、思い、走り出したのがはじまり。

(参考)ママチャリの歴史
・初代(青色)(2007年~2008年)
・2代目(赤色)(友人のとくちゃんから提供)(2009年~2015年)
・旅のお供号(白色)(福岡のダイエーにて購入)(2010年~2015年)
・沖縄一周号(青色)(沖縄のレンタルサイクルにて)(2016年)
・四国八十八カ所号(白色)(徳島県内にて購入)(2017年~)

もともと、自転車で東京から実家の岡山まで走ってみたい!という気持ちがあった?

大学生の頃からありました。
ただ、勇気がなかった。
パンクしたら?事故にあったら?体力は?走れなかったら自転車はどうする?など。
出来ない理由を優先して、チャレンジしないまま社会人になってしまいました。

初めての会社を立ち上げた2週間後に、走り出すって、バカなの?

初めて会社を立ち上げたのが2007年9月3日。
その約2週間後に、走り出すことに。
振り返ると、起業とかを甘く考えていたので、バカだったのだと思う。

なぜ、日本一周に?

一週間程で東京から岡山まで走れてしまい、思いのほか、爽快感とか充実感を得られ、
翌年、岡山から鹿児島までを走ってみたら、これまた走れてしまい、
このまま毎年分割で日本一周をやったらいいんじゃないか。
と、調子にのってしまいました。
まさか、10年以上かけて、日本一周を目指し、
こんなブログや記録を書くことになろうとは、当時、全く思ってもいなかったです。

旅の同行者とは?どこで出会う?

一人で走っていると、自分が写った写真がほとんど無く、寂しかったので、
2009年(鹿児島 → 屋久島一周 → 福岡)に同行してくれる旅のお供を、
インターネットで募集したところ、意外と手を挙げてくれる人が存在し、
世の中には一緒に走ってみたい人がいる。ということに気づきました。
以降、インターネット上で同行者を募集し、一緒に走っています。
(沖縄一周(2016年)と四国八十八か所編(2017年~)は、原点に戻り、一人旅中)

一気に、日本一周しないの?

大人は、毎年分割でコツコツ走るくらいがちょうどいい。
仕事を辞めたり、無職になったり。
そんなに大げさにしなくても、リスクを負わなくても、日本一周してもいいと思っています。
一気に走れ。なんて、誰も決めていない。そんなルールも無い。

宿は?

大人なので、野宿はしません。
旅先で、旅館やホテル、古民家宿、インターネットカフェなどを探します。
どこまで走れるのか、その日その日で違うので、基本的に事前予約はしません。
たまに、泊まってもいいよーという応援の声があるので、助けてもらうこともあります。

自転車の保管はどうしているの?

全国各地。どこかで、1年間預かってもらっています。
インターネットで、預かってくれる方を募集したり、友人宅のときもあったり。
会社の倉庫に1年間置かせてくれた方もいました。
自宅(都内)や実家(岡山県)に帰れるときは、フェリーで自転車ごと戻ることもあります。
(翌年、またフェリーに乗って、昨年までのところに戻ります)

旅の間、仕事は?

基本、携帯電話のみで対応。
ノートパソコンは重いので持っていきません。
無くても対応できるよう事前準備は必須。

地図は?

走り出した2007年頃は、アナログの地図を使用。
各地の地図を購入するとキリがないので、
大きい日本地図(ほとんど使わず、荷物になり邪魔だった)を1つ持ち、
道やルートは、基本、各地のコンビニに立ち寄って、
地図を立ち読みし、この先何番目の交差点を右に。
という風に覚えながら前に進んでいました。
2010年以降は、スマホでグーグルマップを確認しながら走っています。
高低差がわかるマップもありますが、基本、見ないです。


ママチャリで日本一周している経営者
■Profile:
2007年から毎年分割でママチャリで日本一周を目指す。ほぼ一周を終えつつ、まだまだ走り続ける口実をつくるべく、寄り道企画(四国八十八ヶ所編)を2017年から開始。人に「場を与え、繋げ、拡げる」を基本軸に、法人複数社の経営と一般社団法人1団体の理事として活動中。
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